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小及台という棚。

藪内流には小及台という棚があります。

大及台を小さくしたもので大及台自体の名前の所以は、中国の及第門に似ているところからだそうです。

実は小及台と同じ形ですが、織田常真(信雄)がこれを好んだため常真棚ともいわれます。
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四方棚と見間違えられることが多いですが天板の方が大きいという事がありません。
青漆爪紅や溜塗りなど様々な仕上げで藪内流では楽しまれています。
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漆継、の修理です^^

本日は修理です^^
お客様の旦那さんのおばあ様から頂いた建水が割れてしまったとのことでお預かりいたしまして修理をさせていただきました。
お預かりしたときは五つに割れてしまっていましたがこのように元通り。
一番外を銀の漆で止めており、内部を朱の漆で止めています。
よってお使いいただいているうちに内側から少しづつ朱の漆が見え隠れするようになるという根来と同じような特徴をもつ修理方法で。

お茶の道具は人によって本当に大事なものであったりすることが良くあります。
そうやって大事にされるから今に受け継がれた古いものがあるのです。
そのようなお手伝いができてうれしい限りです^^

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高橋 道八について。。

今日は道八について少し簡単に。

お茶碗や茶の各々に時折聞かれる「どうはち」という人物。
これは「高橋 道八」をさし茶陶における名工であります。

初代 道八
伊勢亀山藩の侍で名を周平といい、宝暦のころ京都の粟田口で道八という名で陶業に従事する。
号を松風亭、空中という。
文化元年(1804年)没。享年65歳
印は亀甲の中にセの字。故に亀セ道八と呼ばれる。

二代 仁阿弥 道八
初代の息子で父より陶芸を習う。
ほか、奥田頴川より手習いを受け、文化八年五条坂に住み移る。
御室仁和寺より法橋に叙せられ仁の字をもらい受け、
醍醐三宝院より阿弥の称号をうけ仁阿弥 道八を名乗る。
紀州御庭焼・偕楽園窯、四国高松の讃窯、
西本願寺本如上人の露山焼、角倉家の一方堂窯、
備前の虫明焼、播州の東山焼などに従事し活躍。
天保十三年(1842年)六十二歳の折、伏見桃山にて隠居。
桃山焼を製するようになる。安政二年没。七十三歳。

三代 華中亭 道八
仁阿弥 道八の実子で名を光英。華中亭道八を名乗る。
父とともに偕楽園窯や讃窯に従事し、
明治二年に佐賀藩に召されることにより有田焼の研究も行う。
慶応元年(1865年)仁和寺の宮より法橋に叙せられる。
明治十二年六十九歳に没する。
門下に三浦 竹泉などがいる。

四代 華中亭 道八
名を光頼。京都府勧業場の御用係として活躍。青花磁・彫刻・白磁を得意とする。

五代 道八
本名「小川勇之助」。滋賀県甲賀郡出身。四代死去時に子息幼少のため、一時的に名跡を嗣ぐ。

六代 道八
四代次男。本名「英光」、号「華中亭」。先代、及び四代の陶法をつぎ、染付煎茶器に名品がある。

と現在九代目になられるそうです。

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こちらは華中亭 道八の染付唐人筒茶碗(火入れ)。
堂々とした作風ですね。

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そして六代道八作、野村得庵(徳七)絵付けの茶碗。銘を「乃知君子心」(君子の心知るべし)。

どちらも良作です。

良く学ぶこと、よく見ること。良く知ること。

今回は写真はないのですが、道具の真贋というのはいつまでたっても難しくついて回るものです。
どちらかというとジグソーパズルみたいな、、、っていうと怒られそうですが。

今回は佐藤 一斎という方の書に「竹露」という方の賛(絵)がかかれた掛けものでした。
佐藤一斎という方1772~1854年に活躍された儒学者であります。
そして問題の「竹露」。
私からするとこれが藪内流九代家元宝林斎(藪内 竹露)か、どうか。
というのが問題でした。
賛に書かれた筆はどことなく似た書体でありましたが宝林斎は本当に残っている箱が少なく判別が難しいのです。
家元の判も全部を把握しているわけではないし・・・・。
かといって宝林斎は1811年- 1874年。時代的には同じ。。。

箱書きの書体も持っているものが全部ではないしなぁ。
としていると、はこを読めば「父子」の文字?
ん?調べれば。。でました。
佐藤 一斎の娘、竹露女史。

やはり違った。同じ時代に同じ名前の人はやめてほしい(性別違ったけど書体が似てる。っていうか画だしね。)
勉強もっとしないといけませんね。。
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(この写真怒られないかな。。。)
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easy auction & gallery tea makerは『道具屋』ではありません。
最も重点を置いているのは美味しいお茶を飲むこと。
その為には多くのお茶をする人の手助けをさせていただいております。http://eag-tea-maker.net/index.html

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