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燕庵についての覚え書。

聞いたことを、ふんふんと聞いたままにしておくとすぐに頭から抜け出てしまうダメな頭なので。
覚え書を少しずつ。

燕庵(「えんなん」って呼んじゃう)は流祖剣仲が元和元年、つまり1615年大坂夏の陣を前に古田織部より譲り受けた家屋敷の内の茶室の部分です。
この燕庵の写しというのは藪内流の相伝を得た人にしか建てることを許されず、本歌通りに忠実に作ること。
また万が一、燕庵が焼失した際は写しの中で一番古いものが移築される。(寄進しなくてはならない。)
と、いうルールがあります。

これは蛤御門の変(1864年)で実際に起きており、摂津国結場村、武田儀右衛門の造立したものが寄進された記録があります。
武田儀右衛門は藪内流七代竹翁から相伝を受けています。

燕庵は三畳台目と相伴席からなる織部好みの茶室で、入母屋造りのかやぶきで妻を東に向けて立ちます。
この燕庵形式の茶室は窓も多いのが特徴的で明るいです。(他の茶室って凄く暗いですよね。。。)

尾道の浄土寺、露滴庵。会津若松の麟閣。金沢兼六園の夕顔亭。
京都だと大徳寺三玄院の篁庵や妙心寺天球院の蓬庵などがあります。
大徳寺三玄院は茅葺ですが、妙心寺天球院さんは上は瓦です。
なんでもお坊さんがお茶をするのは修行の邪魔だ!という運動?思想があったからなんだとか。
だから外から見ても蓬庵はパッと見茶室に見えない感じになってるそうです。

茶室としてはやはり貴人をもてなすことを様々考えていて、、
貴人が入らした場合、相伴席の畳を外し板間にして「一段下げる」といったことを織部は教えているそうです。

燕庵の床は下座床で、床柱は北山杉を「手斧目」といった材をはつった感じの床柱が堂々とあります。
床框は真塗り面取りで。
墨蹟など掛けられることもあったでしょうし正式な床の形式は崩されず置かれています。
床の間と相伴席の間には袖壁があってそこには葦で組まれた墨蹟窓があり、そこにはさらに折釘があり花入れが掛けられます。
この折釘は朝顔釘といわれるそうです。
もちろん葦組の中の釘です。重たい陶器の旅枕等の花入れは掛けられません。
籠などが好まれたんでしょうね。。
そしてその墨蹟窓は花明窓(はなあかりまど)とも呼ばれたそうです。

点前座の勝手付には色紙窓がきられ、茶道口のふすまは反故張り。
腰張りには暦が張られています。伊勢暦が特にいいのだとか。

相伴席は市松模様につくられた畳となっており側には火燈口(給仕口)があり運びなどはそこから行われることもあります。
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小及台という棚。

藪内流には小及台という棚があります。

大及台を小さくしたもので大及台自体の名前の所以は、中国の及第門に似ているところからだそうです。

実は小及台と同じ形ですが、織田常真(信雄)がこれを好んだため常真棚ともいわれます。
sim.jpg

四方棚と見間違えられることが多いですが天板の方が大きいという事がありません。
青漆爪紅や溜塗りなど様々な仕上げで藪内流では楽しまれています。
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最も重点を置いているのは美味しいお茶を飲むこと。
その為には多くのお茶をする人の手助けをさせていただいております。http://eag-tea-maker.net/index.html

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